イレブン・ミニッツ

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    雑誌で面白い、お勧めと書いてあった映画を見に行ったよ。

    えー。

     

    「イレブン・ミニッツ」

     

    上映館が有楽町のヒューマン・トラストシネマ、という時点で何か予感はしていた。

    ここは以前、同じく雑誌で面白い、お勧めと書いてあったので見に行った「ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」を観て、あたいの人生初めて、映画を観た後、連れと観た事実をスルーして過ごす、という体験をした館なのだ。

    ふつう面白くてもつまんなくても何か語るんだけど、言葉にできなかったんですね。

     

    映画を娯楽ととらえるとあんまマッチしない映画館、それがヒューマン・トラストシネマ(いなば主観です)。

     

    でもあえて行って観た。

    なぜならこれ、群像劇。11分間の時間の中で、複数の男女が様々なことをしながら、近くの場所でお互い気づかずに過ごし、11分後の「ある一点、衝撃のラスト」に加速していくっていう。

    私、群像劇って好きなんですね。「バレンタイン・デー」とか「ラブ・アクチュアリー」とか、いろんな人の人生の一部が交差して、それぞれが輝く。脇役がいない、どの脇役もある角度から見たらピカピカの主役ってのが大好き。それに、主役が鼻持ちならなかったらおしまいだけど、群像劇なら老若男女いろんな体型顔立ち性格職業から「お気に入り」を選べるし。

    そして、「衝撃のラスト」にも弱い。「アザーズ」とか「シックスセンス」の快感が癖になった感じで。

     

    というわけで、どうだったか。

     

    えー。

     

    うん。さすがヒューマン・トラストシネマで上映。

     

    びっくりはするけどすっきりはしない。

    けど、すごくすごくすごくびっくりした結果、すっきりしないのがまあ良いかと思えるくらい、すっごいびっくりした。

    これは物語ではなくて、お化け屋敷とかジェットコースターに近いんだと思う。体感的に。

     

    びっくりしたかったらもうこの映画で間違いなしって感じ。

     

    このすっきりしなさを、大びっくりだけで許せる気になる理由としては、やはりほかの部分が一切手を抜いてなくて見ごたえがあるからだと思う。役者が全員素晴らしいし、セリフや、脚本や編集もとても素敵。街中の雰囲気や、間合いがすごく心地よく自分もその中で11分を一緒にいろんな角度から見てる気持ちになれる。

     

    で、珍しいことにこれ、ポーランド映画なんですね。

     

    ポーランドの街並みとか人の雰囲気や顔立ちって少し独特で、ハリウッド映画とかで見慣れていない、なんか落ち着いたエトランゼ感、素敵。

    あと、すげえと思うのがこの映画撮った実力派監督、御年78歳。

     

    78歳。78歳でもこんなに瑞々しくパワフルでいられるだろうか、私は。そうであるためには、どうすれば良いだろうか。と、心に何か種がまかれた感じになった。この種に、水を、あげ続けたい。

     

    この映画観て、映画は考えたり感じたりする意外に、体感するって楽しみ方もあるなあと知ったのは収穫でした。

    なんか、ラストの「ひたすらびっくり」は、もうある種爽快感さえ感じるくらいの、びっくりだった。それは体が驚いて、脳はおきざりで、全然納得は行ってないんだがなんか満足。

    納得いかなくてもいいんだな、と思える、それは結構気持ち良い。

     

     

     


    ツイてる?ツイてる!!

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      いなば先日メタボさんとちょいと贅沢をした。

      ケーキとお茶だけで2500円(税込サ別)とかいう、おたけえお店でお茶をしたのである。

      目の前にホールケーキがいくつも乗ったワゴンがゴロゴロ運ばれてきて、そこからメタボは一品選び、あたいは「季節のお勧めセット」的なものを頼んだ。

       

      そしたら瞬く間にノリの効いたリネンのナプキンとテーブルクロスの上に、銀製のカトラリーとお茶器が並べられ、そこに満を持して運ばれるケーキ。3D。空中に飴細工で文様が描かれてる上にも、そこここに散りばめられる金箔。

      ザ・ゴージャス。

      そして一口食べれば、お、お、おいひいいいいいいいいい!!

       

      天にも昇る心地のいなばが、とっときのワンピで乙にすましてケーキを食しておったら、目の前で同じく一張羅のシャツ着てキリっとした顔してたメタボさんが、あたいの顔を見て、突然声を抑え、でも爆笑した。なんだなんだ、どうした?

       

      「いなばちゃん、…く、口に金がついてるヨ?」

       

      常々口の端に卵の黄身から歯磨き粉からカレーにケチャップとわりとありとあらゆる物つけてきたけど、…金!!

      口の端に金!!

      今この瞬間あたし、この上なくエセれぶじゃね?!

       

      その後「あら、やだ、あたしったら、口に金が…!!」

       

      と言いながら、何もない口のはしを上品ぶって拭いて見せるのがしばらく我が家のマイブームになった。

       

      そこで終われば普通にイイ話なんだけど、残念ながらそういかないのがいっつまいらいふで、別日、おうちでくつろいでいたときのこと。

      我が家では基本メタボさんは夏季は常時全裸。そうマッパ。上も下もすべてさらけ出して寝食してる。いなばもそれに準じて、大体パンツははいてるがはいてない時もある。

       

      で。

       

      その日ははいてない時で、トイレから出た後で、メタボさんが座ってる前で、地面に落ちてるなんかを拾ったんですね。

      私が。

      ケツを彼に向けて。

      ええ、全裸で。

       

      そうしたら、なんか微妙な空白のあと、メタボさんがものすごく言いづらそうに、でもはっきりと、あたいに向かってこう言ったよ。

       

      「いなばちゃん、…オ○ンコに紙がついてるヨ?」

       

      これには。

      基本羞恥心を持ち合わせてない私も。

      恥ずかしすぎて吠えた。おおおお、おおおおおおおおおおおおおおおーん!!!!

       

      ちなみに、これが生まれて初めてメタボがはっきり正しく日本語で女性器の名称を言った記念すべき日だった。文法も発音も何から何までパーフェクトだった「いなばちゃん、…オ○ンコに紙がついてるヨ?」そこは英語で言ってくれてた方がまだマシだったカナ? おおう、おおう、うおおおおおおんん!

       

      まあでもあにゃるじゃないからギリセーフかな、と言うのが立ち直ったきっかけです。


      左右対称の話

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        いなば、枕読者の森子さんのお勧めで、実はもう3年ほど「フェルデンクライスメソッド」というのを受けてる。

        イスラエル人のモーシェ・フェルデンクライス博士が作った、"人類の進化、人間の赤ちゃんの成長過程、また人間の神経構造に基づいて創られた“気づき”を高めるメソッド"だ。

         

        …これ、ゆってる意味わかります?

         

        あたいよくわかんない。3年受けてるけどわかんない。いなばものごと整理して説明すんの割と上手な方だと自負してたんだけど、このフェルデンクライスメソッドに関しては、いまだにどういうものなのかうまく言えない。

         

        言えないけど、スゴイ良いのはわかってる。

         

        わかってるけど、どうにも説明できないので、人に勧めたことはほぼない。「自分がやって良いと思ったらすべからく皆にお勧め!」という非常に原始的な信念を貫いてたあたいが、完全にそれを放棄することになった記念すべき瞬間です。

         

        本当に良いものって、簡単にうまく説明もできなきゃ、万人に常時適用できるもんでもなかった。

         

        一つ言えるのは、私は、フェルデンクライス受けて、無理なく自然にちゃんと立てるようになりました。

        メタボさんのすんごい猫背も、ほかにストレッチや筋トレ等一切なし、痛いことや大変なこともひとつもなく、気づいたら治ってた。

        時間は年単位でかかるけど、とにかく無理しないで体を楽にしたいなあ、と思う方がいたら、大変よいものです。

         

        さて、このフェルデンクライスメソッドの講習会というのがあって、いなば先生に勧められて行ってきたよ。

        創始者のフェルデンクライス先生の直弟子にあたる先生が、イスラエルからわざわざやってきて教えてくれるのだ。

        彼女の指示に合わせて、床に寝そべってたら

         

        「全身を感じてみて。腰や背中や足が、地面に接する感じに左右差があるかもしれないけれど、それは今は感じるだけで、何もしません…」

         

        と言われた。うん? 感じるだけ? 何もしない? だとしたら感じる意味って何?

        いなば、左右差については、結構気にする方だ。というのも、「黄金律」って言葉があるように、美というのは左右対称性に現れることがかなり多い。もし骨盤が歪んでたら不健康のもとになったりする。ベリーダンスやってても、やはり左右の動きが違うと色々不都合が起きるし、美しくない。

        というわけで、休憩時間に勇気出して先生に聞いてみた。

         

        「先生、左右対称さってどういう風に解釈すればいいんですか? あの時はただ感じて何もしないっておっしゃってましたが、これから

        何かしたりするんでしょうか?  ダンスをしてると良く左右差を指摘されるのですが…」

         

        先生はふうむと言うようにうなずくと、微笑んで「わかったわ、それについては後で話しましょう」となった。

         

        休憩後再開されたレッスンで、いくつかの動きを行って、最後に歩いてみる(フェルデンクライスメソッドは、受けた後歩いて全体のバランスをチェックする)段になった時だ。

         

        「皆さん、感じて見てください。足や骨盤に左右差はありますか? まだあると思います。でも、見てください。あなたの歩くまっすぐな道は、左右対称ではないですか? たとえ体が非対称であったとしても」

         

        この言葉を聞いた時、比喩でなく目の前に光がまっすぐ道になって見えた気がした。

         

        「動きの左右対称さは、体の機能を十分に使えば作りだすことができます。もし私が体の一部を損なうことがあったとしても、私は対称の動きを失うことはないでしょう。アーチェリーを考えて見て? 弓を射るときのあなたの姿勢は全く左右対称ではない。的を見る目さえ片目です。でも、解き放った矢はどうでしょうか。まっすぐに、左右対称に飛ぶのではないですか?」

         

        頭をガツンとやられたような、衝撃と感動とあと羞恥で、いなば思わず呻いた。

         

        私の思ってた「左右対称」=「美しさ」の、あまりの薄っぺらさに。

         

        体が左右対称なら、動きも左右対称になって、ダンスも左右対称になるから、結果それが美しいと、なんにも深く吟味しないでまるっと思い込んでた。

        手前で止まってたよ。左右対称の概念が、二次元で終わってる。それはもっと3Dなものだった。

        左右対称ってなんだ、美しさってなんだ。素敵なダンスってなんだ?

        それは、その時の自分の持ってるもので、自分が想像できる、ベストの動きをした時に生まれるものじゃないか。

        今の自分を無視して、今の自分が想像できるベストのダンスを思うこともせずに、体だけ左右対称に近づけて、与えられたふりを、先生の真似をしたって、そんなの絶対に何にもたどりつけない。

         

        この、左右対称が、幸せだ。

         

        こどもができなきゃ幸せじゃない、幸せに一歩足りないって思ってた。

        これでこどもが出来たら完璧って思ってた。

         

        完璧なんてなかった。全部違う種類の幸せだった。

         

        今の私とメタボさんの暮らしで作り上げてる幸せが今ここにある。もし授かった時、この延長線上に完璧な幸せはない。

        新しい幸せを一から作りだすことになる。

        考えれば、メタボと出会う前、婚活しながら明日におびえてた時も、さらにその前離婚した挙句無職で鬱だった時も、ずーっとさかのぼってトラウマ子供時代、家にも学校にも自分自身にも嫌われて居場所なんてないって思ってた時も、私はちゃんと幸せは作り上げてた。見えてない、見ようとしなかっただけで。

         

        何が欠けていても、何を損なってしまっても、自分を知っていて、ちゃんと動いたならば、幸せはそこに出来ている。まっすぐ飛ぶ、矢の軌跡みたいに。

         

         

         

         

         

         

         


        釈尊か鹿か

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          いなば、漢方と鍼灸と健康的な食事を続けて3年。

          わりと半年くらいで長年悩まされてた背中のブツブツがあっさり治り、その後まったく体も顔もニキビや吹き出物が出なくなった。

          これに関しては、鍼灸漢方ももちろん効いてるけど、単にあたいが長年乳製品と油もの、それに糖分取りすぎてただけやった。

          サプリとか薬の話しじゃなかったと気づいたときのがっくり感は凄かったぜ。

          ともかくおかげで、肌の調子がよくなって助かるわーと思ってまた数年。

           

          こないだベリーダンスの初代・弁天先生が子育てがちょっと楽になったのでレッスンしてくれた時のこと。

          あたいのむきだしの腹を見て、叫んだよ。

           

          「いなばさん、おなかどうしたの?! なんかマダラになってるけど!!」

           

          言われてへえ?と思ってみたら、ほんまやった。あたいの腹の皮膚が、なんか地黒の中に白い皮膚が斑にてんてんと浮き出てきてる。以前背中で見かけたけど、あれはかきつぶした背中ニキビと湿疹の治る過程のアレだと思ってたけど、なぜはら? えええ? すっごい腹全体が斑?!!

           

          気になって主治鍼灸師のさとたんにこれこれこうでと聞いたら、

           

          「それ、デトックスが進んだからよ」

           

          あっさり言われた。て、え、すると?

           

          「あたい、ずっと自分が地黒だと思ってたけど、ひょっとして、あたいの胴体の色が黒いのって日焼けでも地黒でもなく?」

          「そう、瘀血(おけつ)よ。下から出てる白いのが本来の色。よかったわね、いなばたん」

           

          へえええええええ?!

           

          「嬉しいけど! 嬉しいけど今の見栄えが悪すぎるよ?! なんで腹だけこんななの? 腕とか足とか顔は普通よ?」

          「外に出てる部分は日に当たるし代謝が早いのよね。でもお腹は基本服の下だし、ゆっくり生まれ変わるのよ」

          「それにしたって、どうしてこんなヘンテコまだら? 全体的に薄くなれないもんなの?!」

           

          言い募るいなばに、冷めた目をしたさとたんは、

           

          「それは、細胞に聞いてとしか言えない」

           

          細胞、答えてくれる気しない。これは諦めるしかないヤツ。

           

          というわけで、こういうマダラ模様になっちゃいました、ぶっちゃけビキニ着るのがちょっといやん、と翌週のレッスンで弁天先生にこぼしたら、

          「まあ、そんなに目立たないし気にしないでええやん」

          慰めが優しい。

          「でも蛇のうろこみたいでキモくないっすか?」

          さらに自虐したあたいに、彼女がかけてくれた一言がコレ。

           

          「いいや! 小鹿みたいだわ! バンビちゃんみたいで可愛いわ!!」

           

          …お前は女神か。

          そうそう、そうだった。このどんな下手でも不細工でも良い所を見つけて、力強く励ましてくれる背中に押されて、ベリーダンス気が付けば10年以上やってるんだった。まさに母性愛の塊、弁天先生。

           

          そしてその翌日、基本褒めないスパルタ系、四代目師匠観音先生に同じ話しをしつつ、肌を見せたら、ぷすっっと笑って彼女がかけてくれた一声がコレ。

           

          「マジで!? マイケル・ジャクソンじゃん、ひゅー!!!」

           

          …お前は小学生男子かなんかかあああああ?!!!

          まあでも、そういいつつも、最後まで見放さず、諦めず、しめるべきところをしめて、ベリーダンス11年目であたいをようやくちょっと上達させてくれた人でもある。まさに父性愛の権化、観音先生。

           

          考えりゃ、まいこうなんてダンスの神様だし、ここはバンビのように愛らしく、ジャクソンみたいに踊れる未来を目指そうと決めたいなば38歳、優しさと厳しさにはさまれてまだまだこれからの夏。

           

           

           

           


          スロベニア旅行 魅惑のユニオンラドラー編

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            さて、夏のスロベニアは暑くて、海辺なんかだと冷たい飲み物が美味い。

            いなばは完全なる下戸で、リキュール入ったチョコで具合が悪くなれるレベルなので、お酒をたしなむ方のふじこちゃんもそんなに一緒に旅してるときは飲まないんだけど、日中泳いで太陽にあたって、夕方まったり海辺のカフェレストランに入った時、珍しくアルコール頼んだ。

             

            「飲まないつもりだったんだけど、ラドラーがあったから頼んじゃった」

            なにラドラーて。

            「ビールの一種なんだけど、美味しいよ。ちょっと飲んでみる?」

            ふだんだったらお酒なんて全く飲まないが、美味しい友達のふじこが言うので、ちょいと試してみた。

             

            おお。

             

            おおお。

             

            おおおおおおおおおお?!!

             

            「う、うまい!! ふじこちゃん!! これ美味いよ!! 甘くて酸っぱくてさわやかだけどコクあって、あたい、生まれて初めてアルコールが美味しい!と思ったよ!!」

            「良かった、なんかビールをレモネードで割って作るんだって。ドイツで飲んで美味しくて、それ以来気に入ってるんだー。スロベニアにもあるなんて、嬉しいな」

             

            後で調べたら、ラドラーは「自転車乗り」の意味で、ドイツで自転車乗りのイベントがあった時、居酒屋に自転車乗りどもが一挙に押しかけて、「やばい、このままじゃ店のビール全部飲みつくされる!」と思った店主が、レモネードで割って出したらそれが大人気になって、メジャーになったらしい。

            割ってる関係でアルコール度数も低いし、レモネードの酸味と糖分は、確かに自転車とかで汗かいたあとにぴったり。

             

            「もうやめちゃったけど、日本でも一時期、アサヒが作ってたよ。しかしアレは…なんか…違かった」

            「どう違うの?」

            「なんか…チューハイ」

             

            ああ。昭和のおっさん間に挟むとそういうことたまに起こりますね。

             

            ラドラーの素晴らしいのは、レモンの酸味と苦みと甘味が上手にビール特有の味(いなばはこれがすげえ苦手だった)を包んで助けてなんか美味しいものに変えてくれるところ。今までひたすらにがすっぱまずくて、何が嬉しくて飲むんだビールは、と思ってたけど、ラドラー経由でいなば理解した。なるほどこれが旨みか。

             

            ちなみにあたいが飲んだのは、スロベニアのビールメーカー、ユニオンさんのやつで、大変人気らしく4種類あった。

            1)レモン → ベーシックに美味い

            2)グレープフルーツ → 少し苦味が勝って大人っぽい味

            3)オレンジ → …ちょっと癖があってあたいは苦手

            4)ライム → なんとアルコールフリー!!

             

            4)のライムラドラー、アルコールフリーを見つけた時いなば狂喜した。

            なにしろ生まれて初めてビールの味が美味しいと理解はしたけど、下戸体質は変わらず、1cm飲んだら赤くなり2cm飲めば動悸がし、3cmで眠くなってそれ以上は気持ち悪くなってしまう。

            まいにち15時のお昼寝前に、あたいが2cm残りがふじこで、ラドラータイムを満喫してたんだけど、初めて自分も一本持って二人で乾杯。

             

            「これならごくごく思う存分だ、やったあ!!ぐびびびびぃ!!」

             

            あれ。

             

            「ぐび、ぐび、ぐびびび」

             

            あれれ。

             

            「ごく。ごくごくごく、ごっくん?」

             

            あっれえええええええ???!!

             

            「どう? いなばたん?」

            「あのねふじこちゃん、なんかね、不味くないし美味しいんだけど、なんか違うの。何かが足りないの。甘みも酸味もあるんだけど、何か、絶望的に欠けてるの、何? 何が足りないのこれ??!」

            迷子のようによるべなくさまよわせたあたいの目を、ひたっと受け止めて、ふじこはこう言った。

             

            「いなばたん、それはね、アルコールだよ」

             

            ああ!

             

            「こ、こ、これならば、こんなの飲むくらいなら、だったら最初からふつうのラドラー飲んだ方が全然よくないか!! わざわざノンアルコールって結局本家にはかなわな…って、ああああ! これが! これがノンアルコールビール飲んでるお酒飲みがよく言ってるセリフぅ! それを心から自分が言う日が来るなんて!! わかった! あたい今38年の人生で初めて、ノンアルコールビールのしょうもなさを理解したあああああ!!!」

             

            ラドラー経由で、一気に大人の階段駆け上ったいなばでした。

             

            ちなみに。

            甘酸っぱいラドラーだから美味しいと思うわけで、ビールは別に相変わらずどうでもいいと思ってたんだが、スロベニアから帰る途中の経由地ベルギーで、ふじこがご当地ビール飲んでてそれを一口もらい、

             

            「どう? いなばたん」

            「ああ、なんかすっきりしてて爽やかな味だねって、は!!! 今、私ビールの味の違い理解してる?!」

            「してる!! してるよいなばたんすごい!!!」

             

            これまで一律にがすっぱまずい酒の香りうえええ、で処理してたビールの味が、ラドラー経由でいきなりわかるようになってました。

            なんか相変わらず下戸で一口以上は飲めないけど、それでも人生めっちゃ得した気がする。

            というわけで、下戸でアルコールの旨みが一切理解できない、いなばみたいな方がもしいらしたら、ちょっとラドラー、お勧めです。

            スロベニアのラドラーはマニアックすぎて、国外ではおそらく手に入んないけど、意外に簡単に自作できるみたいなんで。 

             

            ふつうに飲める人には暑い今時期めっちゃお勧め。

             

             

             


            ぼくは君たちを憎まないことにした

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              先月流れるニュースを見ていて、口がかっくりあくほど驚いた。

              ふじこちゃんと眩しさに肌を焼かれながら歩いた、メタボさんとママンと吹き抜ける風に目を細めて写真を撮った、南フランスの、海沿いのあの大通りでテロが起きたと言う。

              動画で、人が走り抜けて行った道は、お買い物で何度も往復した駅から海へ行く目抜き通りじゃないか。

              映されるどの場所にも、見覚えがあるのに、人の表情だけが記憶と噛み合わずに混乱する。

               

              陽光あふれる、家族連れの笑顔が輝く、そんな場所だったのに。

               

              ニースに行くために、経由したイスタンブールの空港でもテロが起きた。

              帰りに寄ったミュンヘンでも、電車でテロが。

              この世界に暴力と悲劇があるのは知っているけれど、それがこんなに肌身すれすれのところに姿を見せるようになったことに、言葉が出てこない。

              誰のために、どう祈れば良いのか、何ができるのか、ただ忘れてしまおうか、決めかねていた時に、この本を見つけた。

               

              「ぼくは君たちを憎まないことにした」 著者:アントワーヌ・レリス

               

               

               

              ぼくは、君たちを、憎まないことにした。

               

              それは、選べることなのだろうか?

               

              南仏のテロより9か月前、パリの劇場でテロが起きた。

              著者の妻であり、まだ17か月の息子の母である女性は、その夜カラシニコフに撃たれて逝った。

              本は、家で子守をしていた彼が、そのニュースを知った瞬間から始まる。

              そこから、彼女が埋葬され、その墓を息子と訪れるまでの2週間をほぼリアルタイムで追って行く。

              誰にでも、たぶん小学生の高学年から読めるわかりやすい言葉でだけ書かれている、ごく短い本だ。

              私が伝えたいのは、これが、今まで私が読んだことのあるどんなフランス文学よりも、美しい本であるということ。

              冷たく輝く宝石のような、水の中でひらめく赤い金魚のような、まだ幼い赤子の肌の産毛のような、言葉が次々に紡がれていく。

              憎しみよりも悲しみよりも、残された息子に対する注意深いまなざしと、何より早逝した妻に対する生々しい、受け手のない愛のシーンが随所にある。

               

              こんなにもむごいことを、これほどに美しく書けると言うことを、私は初めて知った。

              しかも、彼は怒っている、絶望している、慟哭している、混乱している、途方に暮れている、孤独で自分を見失っている、それなのに、だ。

               

              この本を彼が書くきっかけになった、世界中に拡散された彼のフェイスブックの投稿がある。

              テロリストたちに向けて、彼は宣言する。

              ぼくは君たちを憎まない、と。君たちが欲しがっていた憎しみというものをぼくは与えてやらない。息子のそれすらも与えない。幸せに日常を暮らしていくので忙しいから、と。

               

              彼が選んだのは、息子を愛し、それまでの暮らしを続けていくことだった。

               

              妻という大きなパーツをがっぽりと失いながら、一緒に自分の心も削がれて血を流したままの状態で、それを行うことは、ほとんど不可能事に近い。

              この本を読んだだけの私でさえ、しばらくもたらされた悲しみにうまく笑うこともできなかった。

              そして気づく。

              その悲しみの当事者の彼が、この本を書きながら、「今まで通りの暮らしを続ける」ことをしていた、そのことの物凄さに。

               

              彼は悲しみに打ちひしがれない。泣くこともある。途方に暮れることもある。でも、狂乱したり放心したりを長時間は続けない。息子がいるから。まだ17か月の息子が。時にもうこれ以上は無理、という時があっても、立ち直り、また始める。それを繰り返す。何度も。

              ただ「今まで通りの暮らしを続ける」ということのために、血のにじむような苦しみを、何食わぬ顔で繰り返す。

               

              たった一発の銃弾で、爆発で、世界を変えてやろうというテロリズムと、対極にある、地道で果てしない、そして得る物の少ない努力だ。だって、求めているのは「今まで通りの暮らし」なのだ。天国でもない、大成功でもない、ただの日常。

              マイナスをゼロにしたい、それだけ。

              それが、どれだけ困難か。それを維持するのに、欠かせない愛する人を失った後では。

               

              愛する人が欠けることなくいて、今まで通りに暮らしていける、と言うことの得難さを、私は味わおうと思う。もっと一分一秒。

               

              少し長くなるけれど、私が忘れられない、忘れたくないと思った部分を引用する。

               

              ‘’ほとんどの人は、ぼくを怪しむ。エレーヌが死んだ時の状況を見逃しているとか、もう忘れたのか、それとも許したのか、と聞いてくる。何も許していないし、何も忘れていない、何も大目に見ていない、しかもこんなに早く何を。

              被害を受けた人たちがそれぞれの暮らしに戻っても、ぼくたちはいつまでもこの事件と共に生きるだろう。

              これはぼくたちの物語だから。拒めば自分を拒むことになってしまう。たとえその骨ばった体が遺体の冷たさで、くちづけがまだ熱い血の味で、ぼくの耳に囁くものが死のレクイエムの背筋の凍るような美しさであったとしても、ぼくはそれを抱き留め、この物語の中に入っていくしかない。

               

              もちろん、非難すべき相手がいること、怒りをぶつける相手がいることで、半開きになったドアからすり抜けるように、苦悩を少しでもかわすことができるかもしれない。犯罪がおぞましいものであればあるほど、罪人は完璧な悪人となり、憎しみはより正当なものになる。人は自分自身から考えをそらすために、犯人のことを考え、自分の人生を嫌悪しないため、犯人を憎む。犯人の死だけを喜んで、残された人々に微笑みかけることを忘れる。

              憎しみは犯人の罪を重くすることに役立つかもしれない、被害を量る裁判のために。でも、人は涙を数えることはできないし、怒りの袖で涙を拭うこともできない。相手を非難しない人々は、悲しみとだけまっすぐに向き合う。ぼくは自分がそういう人間だと思う。やがて、あの夜何が起こったかをきいてくるに違いない息子と一緒に、向き合おうと思う。もしぼくたちの物語の責任が他人にあるとしたら、あの子に何といえばいいのだろう? あの子は答えを求めて、その他人に、なぜそんなことをしたのかと問い続けなければならないのだろうか? 死はあの夜、彼女を待っていた、彼らはその使者でしかなかった‘’

               

              私は怒りっぽい人間で、よく怒ってしまう。

              今起きたことにも、過去に起きたことにも、ひどく怒り、私を傷つけた相手をずっと恨んできた。

              そうすることが正義だと、そうしなくては自分が報われないと信じてきた。

              けれど私がそうする間、当の自分自身は、傷ついた自分はいつも置き去りで、放置されていた。私自身に。

              もう38年、私は私を抱きしめてこなかった。怒ったり憎んだりするのに忙しくて。そうすることで、その時々の痛みは確かに薄められたが、私は私として生きてきたとは、胸を張ってとても言えない。

               

              できごとは、いつも私を待っている。

               

              逃げられないことが、たくさんある。

              でも、それを行う人たちは結局のところ使者でしかないと。

              その使者をどう受け止めるか、彼らがおくる出来事を、どう対峙するのかは、私次第なのだと。忘れないでいたい。怒り、憎しみに走ることなく、自分自身に誰より自分が報いるために。


              スロベニア旅行 海辺の町ピランで流されて行く私

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                スロベニアはイタリアの隣にあって、アドリア海に面したビーチがある。

                そう、あの紅の豚のアドリア海。

                一体どんな海だべ?とわくわくしながら、海辺の小さな町、ピランに行ったよ(ちなみにポルトルーシュやコペルと言う大きな街もある)。

                 

                行って見てふじことおいら絶句。

                砂浜がない。

                かといって欧州でわりとよくあるペブルビーチ(小石の浜)でもない。

                そもそも、浜にあたる部分がなく、いきなり突堤降りたら即海(水深2m)状態。

                ヨーロッパ人どもは老いも若きも子供まで、この突堤からじゃっぽんじゃっぽん水に飛び込んでぷかーっと浮いたり泳いだり景気が大変よろしいが。真似するのはうーん…。

                干潮の時には、浜辺っぽいのが一応出現するんだが、ここの海は栄養豊富みたいでコンクリの階段が藻だらけで、それがまたどえらく滑って、ビキニ姿のふじこがすってんころりと転がり落ちていったときはちびるかと思った。

                幸い無事だった。

                で、そのつるつる藻階段をどうにか降りると、水底の石はとんがってるわ岩は藻が生えてるわかといって岸壁にはとがったムール貝がみっしり生えてるわ、そこに荒波がざっぱんざっぱんうち寄せて、またその海水がやけにしょっぱくて目に死ぬほどしみるわで、とても立ってられない歩くなんて無理無理。

                結局。

                 

                ほかのスロベニア人および欧州の旅行客たちのように、突堤からいきなり海にじゃぼん飛び込み即泳ぐ、が一番安全でした、とゆう。

                 

                泳げるふじこはそれでいいが、困ったのはかなずちのあたい。浅いところで水深2mとか絶対無理。結局浮き輪買ってそれにがっちょりはまってドボンしてみた。

                 

                驚きの発見が3つあった。

                 

                1.深すぎて気づかなかったけど、比較的浅瀬をよく見ると、水がすんごい綺麗。魚めっちゃ泳いでて、それを食べる海鳥もいて、海面を銀色の小魚がびゅんびゅんと飛び、それを水下からぐぐーっともぐってキャッチして踊り食う鳥、と言うレアなショーを間近で目視することに。鳥も魚も人全然怖がらないなあ。

                 

                2.このやたら目に染みてかつしょっぱい塩水のおかげで、すげえ浮く。

                かなずちのあたいでも、浮き輪なしで、いわゆる「背浮き」が余裕でできると言う。あやー、めっちゃ気持ち良い。しかし、背浮きから浮き輪に戻ろうとして水をかぶり水を飲み込みしょっぱいわ目に染みるわゲフゲフゲフ…。

                 

                3.そして最大の驚きは、翌日の朝。

                「いなばたん、なんか私すごい肌がすべすべしてるんだけど…?」

                「君も?! あたいも実は超調子が良いんだよ。おかしいなあ。ふつう長時間飛行機乗って時差ボケで寝不足で、その上日焼けして海水につかったら肌ぼろぼろか、少なくとも乾燥して荒れてるはずなんだけど、異様にすべすべしてて怖い」

                「…これは、ここは確か昔からミネラルたっぷりの塩の名産地で、塩田エステとかあるくらいだから、ひょっとして、天然タラソテラピー?」

                「それ以外、考えられない! すごい、ピランの海水浴!!」

                ちょっと水入って、しばらく太陽にあたると、うぶげとゆううぶげに塩の結晶が白くできるだけのこたーある、驚きの美肌効果でありました。

                 

                何しろ美肌になるし、簡単に浮いて気持ちよいし、リラックス効果抜群な海で、心身ともにうっかり解放されすぎたか、その夜あたいはすっかり忘れていた暗黒のトラウマ記憶が悪夢に蘇り、夜中うなされて目が覚めてバルコニーで号泣、と言う事態になりました。

                泣き声で起きてきたふじこが、黙ってずっと背中を撫でてくれたよ。

                光のない夜の海に、星が綺麗でした。

                 

                ちなみに、この湾けっこう地味に海流が強くて、ふじこ泳ぎ、あたいが浮き輪で外海の方まで遠出して、さて戻ろうとなったら引き潮で全然戻れない。

                「あれこれやばいどうしよう」

                と、必死でバタ足するけど全然進まずぱにくるあたいに、

                「任せて! うちがひっぱるから、いなばたんはつかまってて!!」

                頼もしく胸を叩くと、肩にあたいの手をかけて、ふじこぐんぐん泳ぎだす。すごい!進んだ!!

                感動したいなば、加勢しようといっしょうけんめいバタ足したら、ふじこが気まずそうに、

                 

                「…かえってやりづらいから、ごめんやめてくれる。というか、何もしないでおとなしくしててくれる」

                 

                ごめん。良かれと思って。

                 

                「っていうか、ちゃんとつかまって。右手が甘いよ!!」

                 

                ごめん。うっかりして。

                 

                ふじこがめちゃめちゃ頑張ってくれたおかげで、我々だいぶ手前の方まで戻ってくることができた。引き潮もわりとマイルドになった。安心したふじこ泳ぎやめ、あたいも手を離し、一息入れながら

                「いやー、ここまで来れば大丈夫だね、良かったね、いなばたん」

                振り返ったふじこ絶叫。

                 

                「いやー!!! なんでまた流されてるのー!!!」

                 

                それな。

                3mほどまた沖に流されてかけてたあたいをダッシュで捕まえたふじこちゃんは、温厚な彼女にしては珍しく、顔をひきつらせながら詰問プレイ、

                 

                「ちょっと見てない間にどうしてこんなことになってるの? 何やってたのいなばたん、一体なにをぉおお?!」

                 

                しばらく考えた後、いなばこう答えたよ。

                 

                「何をやっていたかと言われたら、私、生きてた。うん、生きてたよ!!」

                 

                その答えに、

                 

                「…そうか。生きてたんだね。わかった。生きてたならしかたない」

                 

                何かを飲み込んだふじこが肩を落としてちょっと手を離したすきに、

                 

                「いーやあー!!! また流されてるー!!!! どうしてええええええ!!」

                 

                ほんとそれな。

                 

                海辺の町ピランでは、美肌になれて海遊びも楽しめて、場合に寄ったら友のおとこ気が見られます。

                 


                スロベニア旅行 そもそもスロベニアってどんな国編

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                  皆様、無事に帰国しましたいなばでございます。

                  途中で経由したベルギーのブリュッセル空港近辺はさすがになかなかの警戒態勢でしたが、肝心の目的地スロベニアは、一言でいって「平和」でした。

                  もう一言付け加えるなら、「安全」。

                  この両者を可能にした最大のファクターでありスロベニアの特徴、それはズバリこちらです。

                   

                  えー。

                   

                  「田舎」

                   

                  どんぐらい田舎かというと、夜の23時近くに首都のリュブリャナ空港に降り立ったら、まわりは一面農地、上見たら星空。タクシーの中から見える輝く星々。

                  「…え? これマジで星? 首都で?」

                  「星だよふじこちゃん、星!! 私、空港出てすぐ星って、かつて体験したことないよ、東南アジアの島でもなかったよ?!」

                   

                  おののくふじこと私をのせて、ぶいぶいスピードをあげるタクシー。ちなみに前にも後ろにも対向車は見えない。

                  20分ほどで街中に近づいて来ると、ふじこが低い声でこう言った。

                   

                  「いなばたん…、この国が安全なのはたぶんもう間違いがない」

                  「なんで?」

                  「見て、若い女の子がひとりで夜道歩いてる」

                  「うっそお?!」

                   

                  ほんとでした。タンクトップにショートパンツの、肌身もあらわなうら若い乙女が、ろくすっぽ街灯もついてない夜23時すぎの道をのんきに歩いてる。しばらくしたらまた別の子が。なんなら自転車でもまた。次々に。

                  こんな光景ヨーロッパで見たこといっかいもねえぞ。

                  「レイプ…ないんだねえ」

                  「強盗もね…」

                   

                  その夜は観光の目玉である旧市街の真ん中のお宿で寝て、目が覚めて外出て呆然。

                  いや、ふつうに石畳に歴史ある建物が並んで、カフェあってレストランあって店あって教会あって広場あって「ザ・ヨーロッパの城下町」って感じなんすけど。

                  …なんか、人、少ない。

                  ちゃんと観光客いるんだけど、ゆとりがある。スペースに対して。

                  そう、これは、つまり。

                   

                  田舎ってことだ。

                   

                  そのまま二人で朝市に行って、並んでる新鮮な野菜や果物に乳製品、それから屋台で並んでる木工製品のお土産とかを冷やかしてまた絶句。

                   

                  「…この、明らかに手作りで丁寧な作りのキュートな細工物が、1.5ユーロ(200円)だと? こんなん都内で買ったら1000円以上すっぞ? っていうか、お土産物が明らかに中国製じゃなくて自国製でしかもハンドメイドの国って、初めて見たよ?!」

                  「いなばたん、まずい、この国たぶんぼったくる気ない」

                  「なぜ?!」

                  「あそこの角で売ってるジェラートが、過去最安値」

                   

                  ヨーロッパ各地のジェラートの値段をチェックして覚えてるふじこもさすがだ。

                   

                  歴史的にはセルビア、クロアチアなんかと「ユーゴスラビア」を形成してたスロベニア。

                  位置的には、イタリアの隣で上がオーストリア、あとハンガリーとクロアチアとも接してる。

                  おかげで、パスタやピザが美味いし、グラーシュもあれば牛カツレツなんかも食べる。

                  観光も2,3時間バスに乗ればアドリア海の美しいビーチもあるし、アルプスの麓の綺麗な湖もあるしで、なんというか小さい中にコンパクトに見どころが詰まってて安全で物価が安くて、ついでに人は勤勉で穏やかで、あれなんかに似てるなこの感じ。

                  そう、これって。

                   

                  「ふじこ、ここってちょっと香川っぽい」

                  「言われてみれば確かに」

                  「そういえば、ガイドブックにスロベニアの面積はほぼ四国と同じって書いてあったけど」

                  「そうか。こここは四国か」

                   

                  うん、なんていうか、自然豊かでスレてなくて飯が美味いこの感じ、完全に四国でした。

                   

                  何しろ笑ったのが、カフェとかレストラン行くとたいてい木の椅子やベンチがあるんだが。

                  その上に座布団が敷いてある。

                  クッションじゃない。薄手だもん。どうみても座布団だよねこれ。

                   

                  香川のことでんみたいだよ!!」

                  「ああ、通り雨来たらちゃんと中にしまってる!! 手間なのに!!!」

                   

                  小学校のころ、椅子の上に防災頭巾も兼用してた座布団載せてたことを思い出す、夏の中部ヨーロッパ。お尻の平和は意外といろんなところで守られていたのだった。

                   

                  スロバキアとの区別もつかずに行ってみたけれど、ものすごい良い国でした、スロベニア。

                  何しろ、マニアックな田舎なわりに、英語がふつうに通じる。スペインとかポルトガル、下手したら南仏よりも通じる。

                  あと、基本観光地間はバス移動が便利なんだけど、このバスがほぼ定刻通りに運行している。これはスゴイ。ものスゴイことっす。

                  海外旅行不慣れな人にこそぜひ行ってほしい、楽勝の国です、スロベニア。

                   

                  ただひとつだけ難点がある。

                  街中にゴミ箱も常にあるし、落書きもそんなにないし、わりあい綺麗な町なんだけど。

                  なぜかホテルの設備がピンポイントに壊れてて、しかも直されてない。

                  湖のそばのスパまでついてる5つ星ホテルは、歩くたびに床がきしみ、バルコニーには蜘蛛の巣があった。

                  海辺の歴史ある4つ星ホテルは、シャワーのホルダーがイカれてて、それならばと頭上についてるレインシャワーのヘッドに切り替えれば付け根からぴゅーっと水漏れ。バルコニーの羽目板も一部壊れてそのまんま。

                   

                  …なんていうか、修理がそんなに好きじゃないのかな、と言う感じです。なまじ自然が綺麗で建物の外観と内装もかわいいので、落差にびっくりするので、そこだけ心の準備しておくと良いかもです。

                   

                   

                   

                   

                   

                   


                  さあて今夏のいなばさんは?!

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                    だいたい例年今時期になると、枕読者にして旅友である関西在住ふじこちゃんとヨーロッパに旅行にいくならわし。

                    去年はトルコのイスタンブール経由で南仏ニース。

                    おととしはドイツのミュンヘン経由でスペインはバルセロナだった。

                     

                    今年も実は三カ月ほど前にこんな会話が繰り広げられていた。

                     

                    「よし! ビーチがあって飯が旨くて物価が高すぎなくて車なしでも観光でけるってことで、スロベニアね!」

                    「で飛行機なんだけど、関空からだとトルコ航空が安いみたい。最近、テロとかもあるので、トルコ航空を使うか、悩ましいところ。私は空港内だけの乗換えなので、トルコ航空を使おうかなと思ってる」

                    「私も見たけどANAだと、ブリュッセルやチューリッヒ経由が13万円台でいかれそうよ!!」

                     

                    ここでちょっと沈黙あって。

                     

                    「探してくれてありがとう。

                     

                    えと、確認があるんだけど
                    ブリュッセル空港が3/22に爆弾テロにあったのは、知ってるよね」

                     

                    知ってた。けど忘れてた。でも。

                     

                    「イギリスにいた時ヒースローでテロあった直後、友達が日本から来るんで大丈夫かなって心配してたら、IRAでテロに慣れまくってるイギリス人が声をそろえて、「テロ後は警備がすごく厳しくなってるから今が一番安全よ!」つってて一理ある、と思ったんだよね。なので、わりと大丈夫かなと思ってるー」

                     

                    ってあたいの舌先三寸にふじこが納得してくれ、結局ブリュッセル経由スロベニア行きに決まった。

                     

                    そのあと、トルコの空港でテロがあった。

                     

                    「…あ、イスタンブール経由にしなくて良かった」

                     

                    と背中の冷や汗拭ったら、さらにそのあと、トルコで反乱騒ぎ。

                     

                    「…あ、テロ後の警戒が厳しくなって、今が一番安全はもう通用しないんだ」

                     

                    と頭にガツンと来た衝撃を味わってたら、ニースでテロ。去年の夏と今年の春、ふじこちゃんとママンとメタボさんと私で、並んでるんるん歩いた、あのひたすらに明るくて美しい海岸線で。

                    それからまたミュンヘンでテロ。親切にしてくれたドイツ人たちの顔が頭をよぎる。

                     

                    「ああ…、今地上に安全な場所なんてどこにもないんだな」

                     

                    そもそもそんな場所なんてどこにもないって知ってたけど。

                    ちょっとこれは能天気なあたいにも流石にこたえた。

                    そしたら隣にいたメタボさんが、

                     

                    「だいじょうぶ! 交通事故で亡くなる人の方が多イ! あと、アメリカで銃で毎年死ぬ人数の方がズットズット多イ!! 何人? 三万だ!! だから確率で考えたら心配する必要ナイヨ」

                     

                    流石理系のアメリカ人で金融関係。フォローの仕方が超不謹慎、超現実的。

                     

                    そのそれぞれの三万人の、そのまた一人一人にも、とうぜん愛する人や家族や友達やひょっとしたらブログの読者もいたのだろうと思うと、言葉がない。しばし黙とう。

                     

                    さて、今から荷物をまとめて行ってまいります。

                    10日の旅です。ちょいと小粋でエロもある面白ネタを拾ってくるので、楽しみにしててください。

                     

                     

                     


                    一●両得

                    0

                      メタボさんと高松の街中を歩いていた夕暮れ。

                       

                      交差点の信号待ちしてるところの路上、いや車道に、変わったおじさんがいた。

                      というか

                      変なおじさんがいた。

                       

                      女の人ならすぐわかる「あ、なんか近付いちゃやばいな」オーラを発しているそのおじさんは、っつーかおじいさんは、車道の端の排水溝の上に仁王立ちして、全開したチャックから逸物を丸出しにぼろんとされておった。

                       

                      「うへあ…」

                       

                      微妙な顔で気づかないふりをして、しかしその交差点を渡らなきゃいけない関係上やや距離を置いて信号を待ついなば。

                      全く気付かないメタボ(殿方って気づきませんね、こういう気配)。

                      いなばの横でもちろん気づいて「ひっ」と息をのんで同じく見て見ぬふりをしながら信号待ちする通りすがりのおねいさん。

                       

                      しかしいなばはちょっと考えた。

                       

                      てぃんこの方向性は、上ではなく、下。そして下には排水溝。

                      ということはだ。

                      …彼は変質者ではなく、単に小用を我慢できない人なのではないのか?!と。

                      その可能性に気づいたあたい、首は一切動かさず目線だけ、思わず確認のためにおじさん方面に走らせて、

                      「ぅん!」やはり、と声にならぬ声でうなった。

                       

                      おじさんは、仁王立ちしてぼろんとたらした逸物から、見事におしっこしてた。排水溝に向かって。一直線。

                       

                      「なあんだ、変態じゃなくて、単におしっこを我慢できない場所を選ばない人だったんだね! 誤解して悪かっ?あ、ああああ!!」

                       

                      心の中で安心からの謝罪を行っていたいなば目の端で、その瞬間おっさんが動いた。

                      おじさんは、仁王立ちで丸出し尿出しの体を堂々とひねると、交差点の反対側に大開帳。目線は 道の反対側にいる通りすがりのおねいさん 一直線。

                       

                      単なる変態じゃない尿だけでもない。

                       

                      両方でした…!!

                       

                      こんな趣味と実益を兼ねた無駄のない一挙両得もあるんだなあと半分白目になった瞬間信号が変わり、その場にいた女性と言う女性は光の速さで信号を渡ってその場を離れた。

                      ちなみにメタボさんは最後まで何が起きてるか気づかず、速足で信号ダッシュするあたいに心底不思議顔でした。

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